さいたま赤十字病院

脳神経外科

脊髄損傷

近年増加傾向にあるに非骨傷性脊髄損傷について

人工多能性幹細胞 (iPS細胞) を用いた細胞移植研究が脊髄損傷に行われるというニュースを聞いたことがあるかもしれません。脊髄損傷という言葉は聞いたことがあるけど、自分にはあまり関係が無い話という考えの方が殆どかもしれませんが、実は、ちょっとしたことがきっかけで引き起こされてしまい、手足が今まで通りに動かなくなるなど、生活が一変しかねません。

 

今回は、高齢社会になり患者さんの数が徐々に増加している非骨傷性 (骨折を伴わない) 脊髄損傷についてお話しします。現在、我が国には約15万人の脊髄損傷の方がいて、毎年5000人程度の新たな患者さんが発生していると言われています。脊髄損傷とは背骨の中を通る脊髄という繊細で重要な神経の束が障害されることで、損傷直後から、手や足が動かなくなり、感覚が麻痺したりして、寝たきりや車椅子の生活となるなど、日常生活に大きな影響を及ぼします。また、手足の痛みに悩んだり、血圧が不安定になったり、汗をかけなくなったり、排尿、排便調節の機能も失われてしまうこともありますし、ひどい時には呼吸ができなくなったり、生命に関わることもあります。

脊髄が背骨や靱帯など周りの組織から圧迫されているだけであれば、手術やリハビリテーションによってある程度まで回復することがありますが、一度傷んだ脊髄が完全に回復する可能性はほぼなく、また、これまで様々な薬物治療などが試されていますが、現時点で画期的な治療方法はありません。ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥先生が発見したiPS細胞などを用いた神経再生治療に関する最先端の研究が試みられるようになり、今後の大きな成果が期待されている状況です。

ところで、皆さんの中には、脊髄損傷の原因は大きなエネルギーが背骨に加わること、つまり、自動車やバイクなどによる交通事故、落馬や高所からの落下などによる大怪我、また、ラグビー、アメリカンフットボール、体操、スノーボード、乗馬、サーフィンなど転倒や接触を伴う競技などによるもので、全く他人事と考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし実際は違います。確かに、一昔前は、激しい衝突や転落を原因とすることが多かったのですが、運転中のシートベルト着用義務の徹底やスポーツ競技の安全性に関する指導など様々な啓蒙活動が功を奏し、このような大きなエネルギーが原因となる脊椎圧迫骨折や脱臼などを伴う脊髄損傷は減少しています。変わりに増えているのが、非骨傷性頚髄損傷という脊髄損傷です。

このタイプの脊髄損傷は普段の日常生活の中で起こり、特に、中年から高齢者で増えています。このような世代の方は脊髄が靱帯や背骨などからもともと圧迫を受けている方が多く、例えば、足を踏み外して階段からころげ落ちる、濡れた玄関で滑って転ぶ、トイレを済ませた後にドアノブに頭をぶつける、木の剪定中に脚立から落ちる、急に意識が遠のいて受け身を取れずに頭をぶつけるなど比較的軽い怪我でも、骨折がなくても、重篤な症状に陥ってしまいかねません。特に、飲酒した後は、ふらついて転びやすく、また、受け身もとることができませんので、気をつけて下さい。脊髄損傷に陥った脊髄を完全に回復させる治療方法はありませんので、手の痺れが気になる、手袋をしている感じがする、歩くとフラフラする、お風呂の温度がわかりにくい、などの症状があれば、すでに、脊髄が圧迫されている可能性がありますので、是非一度、ご相談下ればと思います。

脊髄損傷の治療の主体は患者さんの症状や状況に応じた適切な手術や早期のリハビリテーションですが、自宅や社会への復帰も念頭におきますと、家族、学校、職場の協力も必要不可欠と考えられます。バリアフリーが理想的とはいえ、全ての患者さんがそのような環境を整えられるわけではありません。家族構成、自宅の現況や患者さん本人の状態、学校や職場の状況など様々な環境に応じた医療サービスが提供されるような社会への変革がより一層必要になっています。適切なサポートが得られた場合には、症状が軽い患者さんであれば、もとの生活に近づけますし、重症の方でも自宅での生活も可能となるかもしれません。

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